君の縄
静寂に包まれた部屋の中。
二人だけの秘密の時間。
麻縄が体をなぞる音、微かに漏れる女性の声。
行き場の無い感情を紡いで、結んで、縛って。
麻縄が体をゆっくり包み込む。
壊さぬよう大切に、時に感情を剥き出しに激しく。
縄で抱きしめる。
ひこまるに新しい奴隷ができた。
『縛りたい。』
いつからだろう。このような感情を抱く様になったのは。
きっともっと相手の事を知りたいと思ったからだろう。
キセクだった。いわゆるセックスフレンド。昨年ナンパで知り合いお互いに体の関係が続いた。
ただのキセク。日常の中で体を求め合う日々。
でも、他のキセクと少し違ったのは彼女と会うたびに『縛りたい。』という感情が生まれたこと。
緊縛。
ナンパ師とは別のもう一つの顔。
ひこまるは緊縛が好きだ。
緊縛とは縄で縛ること。
なぜ縛るのか?
それはもっと深く繋がりたいから。心の奥の奥の感情で繋がりたいから・・・・・
五月のとある日、まだ五月なのに蒸し暑さがして夜空には三日月の月が浮かんでいた夜、ひこまるに一通のLINEが届いた。
『今から会いたい』
送り主はキセクだった。
二十代前半、まだあどけなさが残るどこにでもいる普通の女の子。
ひこまると会う時、いつも彼女は笑顔が絶えなかった。そんな彼女の笑顔にいつも癒されていた。
彼女と会うたびに知っていく事が増えていった。
実家暮らしで安定した生活、仕事はまだ就職したばかりだが忙しくも充実している、友達との合コンや最近覚えた夜遊び、誰から見ても順風満帆に見える日々・・・・・
そんな充実した日々の裏には少しの孤独や不安、平穏な毎日の物足りなさ、自由すぎるゆえの不自由。
この感覚は誰にだってある。
ほとんど人はこの感覚を漠然と抱えながら生きている。一部の自傷行為をするようなメンヘラな人を除いて『生き辛さ』を抱えている。
多分この先もずっと死ぬまでこの『生き辛さ』を抱えながら生涯を終えるのだろう・・・・
ひこまるはそんな人を縛りたい。
待ち合わせの駅について彼女と会う。この駅で待ち合わせするのはもう何回目だろう?ふと思った。
ひこまるを見つけるなりはしゃぐ子犬の様な彼女の笑顔。
たわいもない話をしながら向かうホテルまでの道。
ただいつもと違うのは鞄の中に麻縄を入れていたこと。
『今日は彼女を縛る。』
そう決めていた。
縄が好きだ。特に麻縄が。
緊縛の事を知っていくうちに麻縄の魅力に魅了された。
歴史や文化、宗教を紐解いていくと見える麻縄と日本人との繋がり。
古くから神聖なものとして祀られている麻と江戸時代に生まれた捕縄術が合わさった緊縛。
そんな神聖な麻縄だからこそ本気で縛りたいと思う女性を縛る。
今日はその日だった。
ホテルに着く。
部屋に入るとひこまる達はすぐにベットに寝転んだ。
腕の中で笑いながら話す彼女。
何気ない会話。
彼女と話していると彼女のまた新しい一面を知った。
生まれてから今まで一度もカップラーメンを食べたことがないらしい。他にも牛丼屋も行ったことがないと言う彼女。どうやら彼女はひこまるが思っていたより箱入り娘みたいだ。
「マジかよ」と驚くひこまると「うん」と笑いながら言う彼女。楽しい時が流れる。
しばらく笑い合い、見つめ合う二人。
一瞬の沈黙の中、交わす口付け。
お互いがお互いを求めるように服を脱がしていく。
生まれたままの姿の二人。
ひこまるは言った。
「今日は縛るよ。」
「え?」
鞄の中から麻縄を取り出した。
驚く彼女。その驚きの裏にある好奇心。
「やっぱりひこまるさんは変態だね。」と笑う顔が可愛かった。
「縛られたことある?」
「ない。」
「どんな感じになると思う?」
「・・・痛そう。」
「痛くないから安心して。」
「・・・・・・うん。」
手に取った麻縄を半分に折り重ねる。
しなやかで少しだけざらついた麻縄の感触を確かめる。
少し震えている両手を後ろで交差させゆっくり手首を縛る。
部屋は一気に官能的な空気に変わった。
【後手縛り】
手首を縛った縄を背中からゆっくりと胸の上部を縛っていく。皮膚と脳裏に縄の感触をしっかり伝える。
上部を縛った縄を背中で折り返し次は胸の下部を縛る。
身を任せる彼女。
漏れる吐息。
体と心を麻縄で抱きしめる。
ほら、もう身動きが取れない肉の塊だよ。
縛り終えた後、彼女はうつ伏せに倒れた。
「あ・・・」
声にならない声を漏らす。
「もう何も喋らなくていいから。」
こくりと彼女がうなずく。
「今からたくさん虐めてあげる。」
・・・もう一度こくりと彼女がうなずく。
ひこまるは彼女を虐めた。
彼女の心の奥の欲望を引き出すように。
次々と非日常の快楽を与える。
SMプレイで対話する。
悶える度に縄が彼女を抱きしめる。
そのどれもが愛の裏返し。
絶頂に達する。
獣の様な叫び声。
体中にたれ流れる体液と欲望。
阿鼻叫喚。
縄を解く。
さっきまでの官能的な空気がガラッと変わりまた現実の世界に戻された。
解放感。
何もかもさらけ出した彼女の綺麗な顔。
「どうだった?」
「・・・・・・凄かった。」
まだ現実の世界に戻りきってない表情の彼女が言った。
今は何も要らない。
綺麗な服も高価なアクセサリーも地位や名誉も、平穏な日々もこの先の未来も。
今ここにあるのは心の奥の深い繋がりと縄の跡だけ。
ひこまるは思う。
人生は短い。
この先、生きていく中でどれだけの人と深い繋がりを持てるのか?
その時間は一瞬かもしれない。
縄の跡の様にいつかは消えてなくなる。
だから、こんなにも美しい。
日常の中で少しだけ。
時間が止まった時を。
世界の断片の様な空間で。
二人だけの秘密の遊び。
緊縛と彼女に出会えてよかった。
彼女の頭を撫でながら言う。
「また縛られたい?」
腕の中で彼女が笑いながら言う。
「うん。今度はもっとたくさん縛って。」
「おい、そこは『もっとたくさん縛ってください。ご主人様。』だろ?」
「はい。」
彼女がくすりと笑う。
「今度はもっとたくさん縛ってください。」
「ご主人様。」
ひこまるに新しい奴隷ができた。
君の縄 おわり